リージョナルHERO

リージョナルキャリアで転職し、現在新潟で活躍している方をご紹介します。

SEとしての更なるやりがいと豊かな子育て環境と。両方を求めたIターンは大成功。

株式会社大谷商会 多田弘明さん(仮名) 32歳

多田弘明さん(仮名)は、東京のSIerでキャリアを積んだシステムエンジニア。しかし、子どもの誕生を機に妻の故郷・新潟への転居を決意した。土と緑に囲まれた環境で子育てをしたいと考えたからだ。しかし、仕事の面白さは捨てられない。転職で、SEとしてもっとやりがいのある仕事も手に入れたい。だが果たして地方に自分が望むような仕事があるのだろうか......不安を抱えてスタートした転職活動だったが、希望どおりの会社と出会い、今では広々としたマイホームも手に入れて暮らしと仕事の両面で充実した日々を送る多田さんの転職を紹介する。

詳しく見る

転職は、自分が本当にやりたい仕事を探すチャンスでもある。

ハーバーハウス株式会社 水嶋啓介さん(仮名)33歳

水嶋啓介さん(仮名)は以前、小売業で働いていた。店長やエリアマネージャーとして働いていたが、子どもができてからは、転勤の多さが悩みのタネになっていたという。そこで、地元新潟に腰を落ち着ける生活を求めて退社。実家の工務店を手伝いながら、新たな進路を探し始めた。ところがいざ転職活動を始めてみると、自分が何をしたいのか、どんな仕事に向いているのかが、よくわからない。結局、1社も受けないまま半年が経過した頃、知人のすすめでエンリージョンに登録。すると担当エージェントは自分にあう仕事を一緒に探してくれた。そして紹介されたのが、ハウスメーカーの設計という仕事。未経験の職種だったが、飛び込んでみると充実感がいっぱい。今では、「やりたい仕事がやっと見つかった気がします」と話す水嶋さんにお話をうかがってみた。

詳しく見る

業種も職種も初挑戦。世界も注目する包丁工房の「番頭」に。

株式会社タダフサ 滝沢和仁さん(仮名) 35歳

コピーライター、まちづくりNPO、スポーツクラブチーム運営と、東京でキャリアを重ねてきた滝沢和仁さん(仮名)。一見、関連性の薄い職歴に見えるけれども、詳しく話を聞けば「情報発信」や「まちづくり」といったキーワードが浮かび上がってくる。それは本人曰く「好きになってもらう仕事」を続けてきただけだ。そんな滝沢さんが35歳を前にして、故郷である新潟に帰ろうと決断した時に選んだ会社は、なんと燕三条の包丁工房だった。地域に根ざし、地元を大切にしながらも、世界中にファンを持つ包丁工房。その事業全体を見渡す「番頭」の仕事は、滝沢さんがこれまで積み重ねてきたスキルを活かせる場であり、もっと勉強してこの仕事で成長したいと思わせるチャレンジの場でもあった。

詳しく見る

トレンドを発信するチェーン店・店長から、日本のモノづくりを支える切削工具の営業へ

株式会社クラークソン 田中佳史さん(仮名) 30歳

全国チェーンのトレンドを発信するシューズ小売店で店長を務めていた田中佳史さん(仮名)は、30歳を機に転職を決意。妻の母方の故郷である新潟を転地として転職活動をスタートさせた。こだわったのは、新しいことへの挑戦「キャリアチェンジ」だった。そして販売・接客業から、金属加工の工具を扱うルート営業へと転身した。「何もかもが未知の世界。新しく覚えることばかりなので新鮮さがあり、やりがいのある毎日」と話す田中さんは、新しい仕事に就き、マイホームを建て、子どもも誕生。まさに人生の転機であり、記憶に残る年となった。「何か前向きな目標をもって転職活動をすると成功するのでは」と、転職へのアドバイスをくれた。

詳しく見る

本当にやりたかったことを再確認。新しい会社で再出発を誓う!

株式会社ゼロスタイル 木田里子さん(仮名) 28歳

構造設計と意匠設計。建築設計の世界にも大きく分けて2つの分野があります。大学時代に所属した研究室のテーマに沿って構造意設計の道を選んだ木田里子さん(仮名)。「構造設計の中にデザインの要素を持ち込めるはず」と選んだはずでしたが、現実の世界ではなかなかそういう仕事に恵まれず、20代後半で1級建築士の資格取得と意匠設計への挑戦を選ぶことになりました。「『地元に帰りたい』という意識はあまりありませんでしたが『慣れ親しんだ地元の環境に馴染む家造り』というテーマにはすごく魅力を感じました」とUターン就職への思いを語ってくれました。

詳しく見る

急成長IT企業の経営企画。そんな経験を活かせる仕事が、地元上越で見出せた。

Jマテ.ホールディングス株式会社 松下朋美さん(仮) 35歳

松下朋美さん(仮名)は東京から新潟への転職を成功させたリージョナルヒーローだ。地元の高校を卒業後に上京。何度かの転職を経て、ネット広告の運用を行う会社に入社。営業としてスタートした後、子会社の立ち上げやグループの組織管理体制構築、主要会議事務局など多彩なキャリアを重ねる。地元に戻り、再び転職活動を開始するものの、上越では東京で築いた自分のキャリアを活かせる仕事が見つからない。そんな中、エンリージョンから紹介を受けたのが、Jマテ.ホールディングスの経営企画職だった。「グループの成長に向け体制の整備や変革を目指している」という姿勢に共感し、経験で得た知見を活かせるかもしれない、と入社を決断した松下さん。Jマテグループ各社の目標管理体制の整備や課題遂行状況の確認といった重要な仕事に取り組みつつも、家族とのプライベートな時間がたっぷりとれるようになった、と語る。

詳しく見る

地方の中小企業だからこそ、任される範囲もやりがいも大きい。

株式会社テクノナガイ 小嶋高志さん(仮名) 26歳

小嶋高志さん(仮名)は、東京にある大手通信会社の代理店で働いていた。毎日、満員電車に1時間以上揺られて通勤。法人営業の激務をこなし、土日も仕事を持ち帰る...。そんな仕事一辺倒の生活を顧みるきっかけになったのは、結婚だった。新潟にいる彼女との遠距離恋愛にピリオドを打ち、新潟へUターンすることを決断。小嶋さんが転職で希望した点は2つ。それは「安定性」と「自由度の高い会社」であること。「大きな会社は制約も多い。上のポストをめざしていくのも難しい」ことを東京時代に実感した。現在は希望通りの会社に入社し、新事業の開拓を担当。新潟での充実したプライベートはもちろん、前職にも負けないやりがいを手に入れている。

詳しく見る

両親のこと。子育てのこと。将来を考えたら、準備は早めが正解!

株式会社宮野食品工業所 岡本 祐輔さん(仮名) 27歳

岡本祐輔さん(仮名)は、27歳の若さで新潟へのUターンを決断したリージョナルヒーローだ。きっかけは、結婚したことだった。家族を持ったことで、今までに感じたことのない不安が芽生えてきたのだという。勤務していた会社は、ベンチャーから、東証一部への上場を果たした急成長企業。だからこそ仕事も忙しく、深夜の帰宅や、休日に呼び出されることも当たり前。また、社員がみんな若いことに対しても、「自分が40歳、50歳になったときに、居場所があるのだろうか?」と不安になっていた。一方、新潟で出会ったのは、歴史のある老舗メーカー。社員の平均年齢もかなり高いが、「だからこそ、生涯働けるという安心感があります」と岡本さん。さらに、両親と同居することで得られる、プライベート面の安心感も大きいという。「早めに準備してよかった!」と話すその表情は、さまざまな不安から解放された晴れやかさに満ちていた。

詳しく見る

夫のUターンとともに、新しい土地で、新しい仕事にチャレンジ!

グローカルマーケティング株式会社 細川陽子さん(仮名) 26歳

細川陽子さん(仮名)は大学卒業後、製薬会社に就職。横浜でMRとして活躍していた。だが結婚と同時に、ご主人のふるさとである新潟へUターンすることに。新潟でも「仕事を続けたい」と思っていたため、転職活動を開始した。今まで経験してきたMRは、転勤がつきもの。希望範囲を営業職全体に広げてみたが、地方ではなかなか女性の営業職を募集しておらず、苦戦を強いられた。しかし、ご主人も利用したという「エンリージョン」へ相談したところ、今の会社と出会うことができたという。慣れない業界で戸惑うことも多かったが、「仕事を続けてよかった」と細川さん。「新しい土地だからこそ、仕事をした方がその土地に早く慣れることが出来る。だから簡単にあきらめないほうがいいですよ」と、女性たちにエールを送る。

詳しく見る

「灯台下暗し」で、実家の近くに転職。やっと両親に親孝行ができました。

JFE精密株式会社 進藤孝之さん(仮名) 41歳

静岡県内にある自動車メーカーで、派遣技術者として働いていた進藤孝之さん(仮名)。仕事にはやりがいを感じていたが、いつも気になっていたのは、実家のある新潟県に残してきた両親のことだった。高齢であることに加え、最近は病気がち。両親の世話をするために、3ヶ月に1度のペースで静岡県から新潟県へ何時間もかけて帰省していたという。しかし、そんな生活を続けるのは大変。自分自身も、派遣社員として、いつまでも働いていたくはない。そんな思いから41歳で一念発起し、金属部品メーカーへの転職に成功した。会社は実家から近く、仕事のやりがいも十分。何より、久しぶりに両親と暮らし、その笑顔が見られたことが嬉しかった。「実は先日、父が他界しました。最後に親孝行できて良かった」と、しみじみ振り返る進藤さんにお話をうかがった。

詳しく見る

ページの先頭へ

展開拠点

求人検索

地域で探す
業種で探す
職種で探す
面談会情報を探す
転職ノウハウコンテンツ
リージョナルキャリア新潟