地域に必要な進化する人材を育成。唯一無二の工学系大学をここに。
公立大学法人 三条市立大学
理事長・学長 アハメド シャハリアル
1966年バングラデシュ生まれ。1988年来日。
2000年に東京電機大学で博士号を取得。同大学フロンティアR&Dセンター専任講師を経て、2003年から新潟産業大学助教授。2015年に沖縄科学技術大学院大学のPOC(大学の研究成果の実用化)プログラムを立ち上げ、技術開発イノベーションセンターの技術開発スペシャリストを務めた後、2019年から三条市で大学の設立プロジェクトをリード。2021年4月に三条市立大学長(理事長兼任)に就任。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。
新しい知見を作るよりも、知見を活かすことに重点を置いた教育を。
三条市立大学は新潟県三条市で2021年4月に開学した工学系大学です。日本有数のものづくり技術の集積地である燕三条地域において、長く求められてきた大学が形となって、スタートしました。私たちが目指しているのは、今までの日本になかったような、知見をつくるよりもテクノロジーとして使うことに重点を置いた大学です。そのために地域リソースを最大限に活用することで、唯一無二の大学が実現しました。
私は1988年に留学生として、電子工学を学ぶためにバングラデシュから日本に来ました。幼い頃、発電所を作っている日本人エンジニアの仕事を見る機会があって、そこでインパクトを受けたことがきっかけで、エンジニアになりたかったんですね。
まず東京で日本語を勉強し、受験をして拓殖大学工学部に入学。同大大学院の修士課程を経て、東京電機大学の博士課程に入りました。課程修了と同時に嘱託助手を2年、専任講師を2年務めた後、助教授として新潟産業大学に来ました。
東京から地方へ移ってきて感じたのは、東京の大学と地方の大学も同じようなやり方で人材育成をしているけれど、その目的と手段は合っているのだろうか、ということです。既存の大学は研究という手法を用いて人材を育成しています。しかし、地域企業は必ずしも研究者を必要としているわけではなく、必要としているのは実務ができる人材です。
そういう人材を、研究の手法で育成することには、ロスが多い。そのため、「企業に就職した大卒はゼロからスタートし、一人前になるまで3年、5年かかる」などと言われるわけです。大学で学生たちは有意義な時間を過ごせているのだろうか。そういう課題意識が私の中に生まれました。
地域企業に適応できる人材を育てるなら別の手法を用いた方が良いのではないか、ここでは研究者として知見を作ることではなく、テクノロジーとして使うことに重点を置いた方がいいのではないか、と感じたのです。そのため私は再び大学院に行って、テクノロジーマネジメントについて学びました。
大学のポリシーは燕三条に合った人材を育てていくということ。
社会はいろいろな人材を必要としています。現場労働者も必要とされているし、知的労働者も、技術開発するための研究者も必要とされている。しかし、これまでの大学で行っているのは研究を通じた人材育成だけで、画一的です。それでは多様な社会ニーズを満たすことができない。やり方はひとつではないはずです。
三条市立大学は、三条市の総合計画において、若者流出を防ぐために実学志向の大学を作るということから始まっていて、私はそのコンセプト段階から参加しています。ですから、この大学のポリシーは、「燕三条地域に求められる人を育てていく」ことです。
そして、この地域のニーズはものづくりに根差しています。ひとことでものづくりと言っても、5年前と今のものづくりは違うし、今と5年後のものづくりも違います。発展していきますね。私たちが育成する人材は10年後、20年後を生きていくわけですから、未来を展望し、そのための準備ができる人材を育成することは、私たちが負っている責任です。
時とともにテクノロジーは変わっていきますが、プロセスは大きく変わりません。ですから、未来のテクノロジーを想像してカリキュラムづくり、仕組みづくりをすれば、それを学んだ学生たちはどの時代に生きようが、少し勉強すれば新しいテクノロジーについていけるようになるのです。
私が大学に通っていた1990年はEメールもインターネットもありませんでした。ネットワークという概念も無かった。しかし、今はクラウドの世界に生きています。30年でここまで変わったのですから、今後も変わっていきます。だからこそ、プロセスに重点を置いた教育を用意すればいいのではないかと考えて、大学の仕組みを作っています。
常にアップデートしていくことを教職員にも求めたい。
本学が必要とする人材は、大学の成長に応じて自らのスキルをアップデートできる人です。子育ても、大学づくりも、技術開発もすべて同じで、どれも段階的に成長していくなかで、その段階によって必要とするサポートのスキルが違います。幼稚園と小学校では、子どもの年齢は数年しか違わないけれど、違うサポートスキルが必要であるということです。
ましてや、私たちは工学をやっています。工学の学問は普遍的なものはあまり無くて、ほとんどが流行です。理学や文学、リベラルアーツなどは普遍的な価値で変えてはいけないものですが、工学は99.9%がトレンドと言っても過言ではありません。
私が学生の時のプログラミングではC言語を使用していて、その前はFORTRANやBASICでしたが、今はPythonなどの新しい言語が用いられている。これは流行そのものです。ですから、工学の領域で生きるためには、常に自分のスキルをアップデートしていかなければならないと思うんです。私もそうしようとしていますし、すべての教職員にもそれを求めています。
成長段階で言うと、本学はまだまだ初期段階にあります。今後、大学として着実に成長していくためには、教職員一人ひとりが自分を磨き、成長する意思を持っていることが必要不可欠であると感じています。私は大学の教員をしながら、マネジメントの必要性を感じたので、再び大学院へ行き学びました。これは誰にとっても必要なことで、学ぶことは自分の価値を高めていることと同じです。高めないと価値は下がる一方です。
そして、教職員の価値こそが大学の唯一の価値なのです。企業はテクノロジーを持っているので、それが企業価値になりますが、大学は違う。企業とは異なり、大学の価値は人そのものなんですね。大学の仕事はチームワークであり、人の評価そのものが大学の評価なのです。
未経験で大丈夫かな、と思って入ってきた人も、1年あまりで飛躍的に成長しています。それは私が何か特別なおまじないを使っているわけではなく、本当に自分たちの向上心だと思うんですね。分からないことを尋ねたり、勉強したり、いろいろな人の意見を聞いたりして自分を磨いています。短い期間で本当に指数関数的に伸びている人が何人もいますね。
大学とは「人」そのもの。教職員の振る舞いを学生は見ている。
私が目指しているのは、今まで日本に無かったような大学です。唯一無二の大学になると思います。従来の大学は知識をつけるところで、その考え方は普遍的な学問から来ていると思います。しかし、先ほどもお話した通り、それでは工学部は成り立たない。工学を普遍的と言ったら、思考停止の状態です。
ですから、我々は理学や文学を学んでいる大学とは違う振る舞いをしなくてはいけない、と考えています。例えば、価値観の違う理学部と工学部がある総合大学において、そこを同じ規則で統制すると、それは大学内部に発展の阻害要因を持っていることになります。私はそれを経験しているので、この大学ではその阻害要因をなくすべきだと思っています。
そのためにルール作りをはじめ、すべてのことは協議を重ね合意のもと進めるようにしています。自分たちをマネジメントできない人が、未来の人をマネジメントできるわけがないのです。まず、自分たちが正しい方向に歩く。学生たちは単に黒板に書いたものだけを学ぶだけではなく、私たちの振る舞いも見て、そこからも学んでいます。
これはとても大事なことで、私たちもだらしない真似はできないし、してはならないのです。いろいろな意味で、この大学は教職員全員に、一段上のスキルを求めますね。
地元企業と連携。地域全体がキャンパス。
知識をつけることに重きを置いている大学が多い中で、この大学が他大学と違うのは、「知識をどう活かすか」までを学ぶということです。
知識を活かす場は大学でなく、企業です。そのため、地元企業と連携し、企業の経験と知識を融合した学びをすることで、地域に必要とされている人材に近づけると思っています。本学は地域全体がキャンパスなんです。学生たちは経験学習を通して、企業の経験を自分にコンバートし、それを自分の未来に活かしていく、ということです。
私もこれまでいろいろな知識やスキルを習得してきましたが、それに「運」というものが伴わないと、どれも活きないと感じています。そして、運は自分で作れる。
同じような学歴や経験を持った人が世の中にたくさんいる中で、私が運よくここの学長になれたのは、人との出会いや交流からの学びなどが掛け算され、キャリアに繋がったからだと思います。みんなが良いキャリアを求め、幸せを追求するとき、この「運」を引き寄せる力がスキルセットに組み込まれていないとだめだという気がしているんですね。
「運も実力のうち」というのはその通りで、昔の人はよく分かっていたんだと思います。もし、私が部屋に閉じこもって出会いをシャットアウトして社会から孤立していたら、運は永遠にやって来ないでしょう。人と出会うから、縁が繋がっていく。ですから、学生も自分のスキルを活かすためには、運を引き寄せることが必要です。
スキルを磨くのは誰にでもできることですが、運を引き寄せる人間関係をつくることは容易なことではありません。しかし、本学ではその出会いの機会までもがカリキュラムの中にデザインされています。
学生たちは地域の企業へ実習に行きます。1年生の早い段階から社会人と触れ合い、2年生では合計6週間、3年生は4カ月半、企業に行きます。それだけの期間があると、そこに喜びがあり、悲しみも笑いもあり、怒られたり、食事に誘われたり、いろいろな体験をします。
そうした中でいろいろなアイデアが湧いたりして、その学生はたくましくなっていく。人との関わり方の加減も覚えて、大人として成長していくわけです。大学在学中にそういうことを経験しておけば、「3年経たないと一人前になれない」、という通説を覆すことができます。実社会の問題、課題を理解して、今すべきことを考えて実行していくというのが、私が提唱している実学志向です。
この大学は地域という大きなパズルの重要なピース。
こうした考えの下で、大学と地域とのマッチングをより良くしていきたいと思っています。教職員がそれを理解して頑張ってくれたら、さらなる高みを目指せると思うんです。そのことを教職員に求めたいですね。
地域の方々は、本学の価値をとてもよく理解してくださっていて、サポーターである企業の方々のこの大学への当事者意識がものすごく高い。地域の方が「ようやくこの地域で見つかっていなかったピースが見つかった。パズルが完成した」と言ってくださったとき、私は自分の役目をはっきりと認識しました。
日々進んでいく世界で活躍できるよう、我々は「進化し続ける人」を作っていく。これは教職員に求めていることと同じです。向上心があって、常に自分を磨いて、その時その時を一所懸命に生きることができれば、何も問題ない。それが「進化するエンジニア」です。